ラベル 握手会 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 握手会 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2015年3月13日金曜日

桜梅桃李 クライエントさんに教わった言葉


メンタルヘルス ブログランキングへ 『桜梅桃李』

こんにちは。藤田です。

桜梅桃李(おうばいとうり)。
先日、クライエントさんに教わった言葉です。
日蓮が言ったとされる「桜梅桃李の己己の当体を改めずして無作三身と開見す」が元のようで、桜も梅も、桃も李(すもも)もそれぞれの特徴をいかし花を咲かす。これは花だけでなく、人も同じですよね、という教えだそうです。


その日は、「相手に何か言われると、馬鹿にされたように感じて苦しい」というご相談でした。お話を伺い、「相手はあなたを馬鹿にする気があっただろうか?」「考えが違うと言うことはどんな意味を持つか?」といった事を焦点にさらにお話をしていた時、クライエントさんの頭にこの言葉が浮かんだそうです。
私は初めて聞いた言葉だったので、教えてもらいました。私より年上で大変教養のある方なので、時々私の知らない言葉が出てくるのですが、いつも嫌がらず丁寧に教えてくださるのです。

人の言葉に傷つく方や、人と比較してしまい苦しむ方のお話を聞いていていつも思うのですが、人との違いを「◯✖️」で捉えることが苦しみを生みます。自分を✖️だと思えば苦しいですし、常に◯であり続けようとするのも無理が生じます。どちらか一方にしか◯をつけないのではなく、どちらも◯でいいじゃないか。
苦しい考え方でも、それをするには何かしら理由があったはずですし、これまでやってきた「慣れている考え方」なので、一朝一夕で変わるのは難しいです。ですが、その苦しい考え方が出てきた時に、桜梅桃李の考えを意識する。そうして自分を安心させてあげることは、とても意味があると思います。

梅や桜を見る度にこの言葉も思い出したら、きっと心が軽くなる。この春、心に持っておきたい言葉ですね。

2015年3月2日月曜日

合う相手を求めるのはどうしてだろう?


メンタルヘルス ブログランキングへ

「合う人」「合う環境」は求めすぎてはいけない。


カウンセリングをしていると人間関係の悩みに多く出会いますが、クライエントさんがよく言うのが「合わない」「分かってもらえない」です。周りと考えや価値観が合わない、自分を分かってもらえないからと孤独を感じたり、「合わない」ならと自ら相手を避けたりしてしまいます。


◆「合う人」「合う環境」などあるのか?
そんなクライエントさんに、いつも私は問いかけることがあります。それは、「価値観のぴったり合う相手なんているだろうか?」ということです。
問いかけると皆さん気づくのですが、そんな相手などいません。その時理解し合えることはあっても、それが半年、一年…と常に続くというのは現実的ではないでしょう。何から何まで価値観が同じで、いつまでも心地よくいられる相手など、実は求めても苦しくなるだけです。むしろ、違いを認め、違いを楽しむくらいの方が人間関係は上手くいきます。


◆それでも何故、求めてしまうのか?
それでも相手の理解を求めてしまうのは、自分で自分を認められてないケースが多いです。誰より自分が自分を認めてあげられないから、誰かに認めて欲しい。分かって欲しい。少しの違いも、自分を否定されてるように感じて苦しくなる。結果一人ぼっちだと感じてしまうんです。
大切なのは、自分で自分を好きになること。認めてあげること。簡単な道程ではないですが、まずはそこに気づく。それが人間関係を良くする第一歩。私はそう思います。

2015年2月27日金曜日

Facebookとアイドルと。秋葉原事件に思う。


メンタルヘルス ブログランキングへ
Facebookとアイドルと。

「秋葉原事件 加藤智大の軌跡」(中島岳志著)を読んで思ったことです。
加藤智大がもがいていた時代に、これらがあれば違ったんじゃないか。加藤にとって救いになったのではないか。そう思いました。

加藤が親元を離れたのが2001年4月。事件を起こしたが2008年6月。
この7年間彼は転職を繰り返しながらも働き、また掲示板への投稿も続けてきました。全ては、「居場所」を作るため。それはとても不器用で、おそらく上手くいかないやり方ではあっただろうけれど。

居場所を作れず、追い詰められての凶行に走った加藤。

だからこそ、加藤の苦しんだ頃にFacebookがあれば、掲示板代わりの「逃げ場所」くらいにはなったのだろうと思います。加藤はmixiをやっていたようですが、mixiよりもリアル感があり、かつ利害の無い交流が出来るFacebookは、加藤にとってきっと魅力的な「逃げ場所」になったのでは無いでしょうか。

そしてもうひとつ、アイドル。AKBの握手会のような会いに行ける場も。本によると、オタク趣味で、ネットで知り合った女性に恋をし、メイド喫茶に行ったりもしていた加藤。女性に興味が無かったわけではなく、彼女が欲しいけど自信がなく上手くやれなかったのではないかと思います。そうした気持ちのやり場として、アイドルに会えるイベントは彼を満たしてくれたのではないでしょうか?
余談ですが実は、私藤田も何度か握手会に行ったことがあります。リサーチ感覚だったのですが、アイドルの真剣な姿勢や運営のホスピタリティなどとても心地よく、勉強になる場です。
また、ファン同士の交流も盛んなようで、それも加藤にとって理解してもらえる仲間を作るチャンスとなったはず。



本質的な事をいえば、どちらも逃げ場所にしかならず、加藤の望む居場所を作るには彼自身が変わる必要があったと思います。しかし、「逃げ場所」には、加藤を凶行から遠ざけ、彼に「居場所」を得る機会を与えるだけの意味はあった。私にはそう思えてなりません。