2015年2月25日水曜日

秋葉原事件から学ぶべきこと


メンタルヘルス ブログランキングへ2015年2月18日。加藤智大被告の死刑が確定しました。

加藤智大。
2008年6月8日、トラックで歩行者天国へ突入しナイフで次々に人を刺した秋葉原事件の犯人。
悪いものは悪い。なので加藤を擁護するつもりは全く無い。しかし、加藤にも凶行に走る理由がある。その理由に目を向けることは、こうした事件の再発を防ぐ上で重要なはず。そう思い調べていくと、そこには精神異常者でも、心の弱い人間でもない、加藤の姿が見えてきました。


◆言葉に出来ない
加藤は、彼なりに一生懸命生きてきたのだと思います。親の常軌を逸した教育のせいで、「気持ちを言葉で伝える力」を身につけられなかった加藤。行動でしか示せない故に何度も仕事を辞めたけれど、本当は認められたかった、必要とされたかっただけだったのでは無いでしょうか。
意見が否定される。聞いてすらもらえない。それが原因でキレて暴れることもあったようですが、短期でワガママだったのではなく、意見の否定=存在の否定だったから。
殆ど誰でもが当たり前にしている「言葉で伝える」ことが加藤にも出来ていたら、職を転々とし、居場所を失い追い詰められることも無かったのではないかと思います。


◆抱えた矛盾
誰より自分が嫌いだから、誰かに認めて欲しくて。そのために頑張って仕事をし、友達も作れた。実際加藤はどの職場でも勤勉で認められ、友人もいたそうです。でも、誰より自分が嫌いだから、誰かに認められるのが怖くて、心を閉ざして。そんな矛盾を抱えたまま、気づけば居場所が無くなり疲れ果てて…。だからといって人を殺していいとは思いませんが、こうした苦しみを抱えている人は、加藤だけでなく沢山いるのでは無いでしょうか。
加藤に必要だったのは「そのままの自分を認めてあげる」「気持ちを言葉で伝える」の2つ。出来ない人にとって、どちらも容易なものではありません。でも、どうせ頑張るなら、自分を変えることに力を注いで欲しかった。頭も勤勉さもあった彼なら十分変われたと私は思います。

◆私たちはどうすべきか
加藤のように自分自身を愛せない、言葉で気持ちを伝えられない人は、おそらく身近なところにもいるはずです。実際カウンセリングでもこうした方は多いです。
私たちは、そうした人に対しどう接するべきか。私は、「気持ち」に目を向けることだと思います。表面的には理解出来ない言動も、それは自分にとって理解出来ないだけ。相手には、そうするだけの理由があるはず。相手は「何をどう考え」「どう感じた」のか。こうした意識を忘れず接することは、相手を否定せず、受け止めることに繋がります。粘り強く、見捨てず寄り添う。難しいですが常に忘れずいることが、こうした事件を二度と起こさないために出来ることなのではないでしょうか。

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